フランスの精神科医。精神病者治療法の刷新を唱え,従来,罪人と同様に扱われていた精神病者を解放して医学的 治療に委ねた.医学は自然科学の一部門であり従前の総合的方法の代わりに解析的方法を採るべきであると主張し た。 これに対してフーコーは「病人たちを物理的に拘束していた鎖は確かに取り除かれた。しかし、彼らのまわりには、 道徳的な鎖が再び張り巡らされたから、これが収容施設を一種の恒久的審判所のようなものに変化させた。」と批 判している。
内因性精神病を早発性痴呆と躁鬱病に大別し、現代の精神医学の臨床的体系の基礎をつくった。
E. Kraepelinは1896年,それまで記載されてきた一連の精神病,すなわち K.L. Kahlbaumの緊張病 catatonia,E. Hecker の破瓜病 hebephrenia および妄想性痴呆 dementia paranoidesを,進行性で特有 の人格荒廃状態(痴成化)に至るという経過の共通性に基づいて一つの疾患単位であるとし,これに 早発性痴呆 dementia praecox という名称を与えた.
クレペリンは感情移入や追体験といった方法は人間的接近には不可欠であるが、研究の手段としては客観性を欠 くとした。
クレペリンの称えた早発痴呆は必ずしも青年期に早発するとは限らず、その本態はクレペリンの言うような鈍化で はなく、精神の分裂であるとして精神分裂病に変名した。
E. Bleulerは早発性痴呆が必ずしも若年に発病するとは限らず,またすべてが痴成化するわけではないという点に 注目して早発性痴呆という病名に異議をなげかけるとともに,横断的病像に注目して,それが思考,感情,意欲, および自己の人格に対する主観的感情の「分裂」にあると考えられること,および単一疾患とは考えられないとい う理由によって精神分裂病群と呼びかえた。
フロイトの精神分析学とクレペリンの精神病分類との間に連絡をつけたユングの概念(人格型を内向型と外向型と に区別する)を発展させ,その一般型の病気にみられる分裂型人格に対し精神分裂症なる名称を与えた。
オーストリアの精神病理学者.ウィーン大学をおえ,神経の生理学,形態学,後に神経病学を修め,ブロイエル Breuerからヒステリー患者が苦しい記憶を物語ると共にその症状が消失したという経験を学んだ.1885年パリに赴 きシャルコーCharcotに学ぶ.1893年「ヒステリー研究」を出し,漸次,無意識,抵抗と抑圧,小児性欲説,エディ プス・コンプレックスを主柱とする精神分析学を展開.夢の機制と意味,日常的異常心理,神経症,群集心理,芸 術,神話,民俗学など広範な領域の研究をなし影響大. その門下からはユングJung,アドラーAdler,ホーニイHorneyなどが出た.
精神は意識と同一でなく、人間の行動はしばしば非合理的な無意識によって 規定されていることを明らかにした。
特にフロイトは夢を分析することによって無意識を解明できると考えた。
無意識の領域にある本能的エネルギーの源泉。快を求め、不快を避ける快楽原則に支配される。 エスともいう。
イドと超自我との葛藤の中で、社会に適応するために調節するもの。
社会生活を営むために、あるべき行動基準によって自我を観察し欲望に対して禁止的態度をとるもの。
非合理で利己的な欲望は社会生活を営む上では不都合なため、超自我の働きによって抑圧され無意識の世界へと追 いやられる。
心の中のしこり。抑圧されて無意識のうちにあるものをいい、病的行動の原因となる。
無意識の領域へと抑圧されているコンプレックス(多くは性欲)を正面から向かい合い意識化することによって克服する。
神経症に対する独自の治療法(森田療法)を開発した。